太平洋岸の14都市を経済開放
中国政府は深別、珠海など南部の4つの経済特区に加え、84年4月、大連、天津、上海、広州など太平洋岸の14都市を経済特区に準じる経済開放都市に指定しました。
「以前は上海や天津の方がにぎやかでしたが、ここ1~2年は広州の方が活気がある。
香港はもちろん、深馴にも許可がないと行けないから、広州を香港に見たてて、中国各地から見物に来る人が多いんです」
案内役の広州市の女性職員さんが自慢そうに言っていました。
広州が急発展した背景には南シナ海での石油開発があります。
アジアで最も有望な油田地帯とされる南シナ海には、今、国際石油資本(メジャー)や日本の石油開発会社が集結して試掘の真っ最中。
広州市はその中枢基地です。
84年の春に完成した、中国酒店(チャイナホテル)に併設した15階建てオフィス・ビルは、中枢基地のそのまた中枢です。
7階以上はブリティッシュ・ペトロリアム(BP)をはじめメジャーの事務所。
日本の華南石油開発(石油公団とアラビア石油など民間各社との合弁)もありました。
6階以下も、リグ会社を含む石油関連企業が軒を連ねる国際色豊かなオイルマンたちの"戦揚"です。
しかし当時、各石油会社の試掘結果はもう一つぱっとしませんでした。
油層にはぶつかっても商業べースの生産量には今一歩といった状態。
もし石油が出なかったら、広州の経済発展は大きな壁にぶつかるのではないか・・・と不安に思いました。