« 2010年05月 | メイン | 2010年07月 »

2010年06月 アーカイブ

他国の「民族自決」に刺激

ニューカレドニアはどこへ行くのか・・・。

それは島民ばかりでなく、太平洋に残った他の植民地の住民にとっても大きな関心事でした。

タヒチ、ワリスなど、ニューカレドニアの動き次第では独立を求める声が出る情勢のところもありました。

インドネシア領のイリアンジャヤ(東ニューギニア)、マレーシア領のサバ州(ボルネオ北部)などの所属する国から分離独立をめざす動きにも刺激を与えることでしょう。

太平洋圏では、「民族自決」を求める声はまだまだ現実のものでした。

ニューカレドニアは大きな流れの通過点にすぎません。

独立をめざす大きなうねりは、鉱物資源、木材、漁業、観光などで強い結びつきのある日本にとっても、決して無関心ではいられないことです。

new.gif

卒業して帰る国なし

10年以上前の話。

「ベトナム料理 MAI・LAN」と書かれた狭いドアを開け、薄暗い階段を上ると、ハっとしました。

100人以上のお客を収容できる広さ、そして、フランス風の店内装飾・・・。

オーストラリアの首都キャンベラにいながら、パリのレストランにでも入ったような錯覚を起こしました。

「やっと落ち着けるところができたヨ」

店長さん(当時34歳)は、流ちょうな日本語で、しみじみ話し始めました。

ホーチミン市(旧サイゴン)近郊で生まれた店長さんは、地元の高校を卒業すると、日本の某大学に留学したそうです。

「戦争が終われば、経済復興の時代が来る。それまでに、日本を勉強しておいた方がいい」と勧められたためです。

ところが彼が大学4年の時、ベトナム戦争が終わりました。

南ベトナム政府は消滅し、パスポートは無効になったのです。

この日から、「ベトナム人でも日本人でもない生活」が始まりました。

国からの奨学金も、途絶えたそうです。

かろうじて、某市ロータリークラブからの奨学金で食いつなぎ、家庭教師やボウリング場のアルバイトをして、大学院を卒業しました。

就職も地元の酒造会社に決まりました。

もう、ベトナムに帰っても仕事がない・・・日本で永住権を取ろう、と思ったそうです。

しかし、日本に10年以上も住んでいたのに、法務省の壁は厚かったのです。

「このままでは、日本で子供ができても、国籍さえ取れない」。

思い悩んだ末に、オーストラリア行きを決意したそうです。

「国も広いし、人も少ないから、何とかなると思った」と、店長さんはちゃめっ気たっぷりに笑っていました。

About

2010年06月にブログ「くるくるまわって一周したの」に投稿されたすべてのエントリです。新しい順に並んでいます。

前のアーカイブは2010年05月です。

次のアーカイブは2010年07月です。

他にも多くのエントリがあります。メインページアーカイブページも見てください。

管理人のお気に入り

結婚式の2次会なら
結婚式の二次会幹事代行は年間500組の豊富な実績、参加者満足度No.1の「2次会エンジェル」結婚式の二次会代行ただいま無料キャンペーン実施中!司会、受付、音響、撮影、ゲーム、余興、景品など全ての幹事代行をいたします。
  • FX キウィ
  • ニュージーランドドル(NZD)の別名。ニュージーランドに生息するキウィ(鳥)か...
  • 家庭教師
  • 家庭教師のタートル先生のご案内。小学生・中学生・高校生のための家庭教師を紹介。苦手科目克服・やる気アップ・定期テスト対策・受験対策なら家庭教師のタートル先生へ安心してお任せ下さい。

Jaspersoft

野村総合研究所のオープンソースサポートサービス『OpenStandia』による、Jaspersoft Business Intelligence Suite(ジャスパーソフト ビジネスインテリジェンススイーツ)をご紹介するページです。