卒業して帰る国なし
10年以上前の話。
「ベトナム料理 MAI・LAN」と書かれた狭いドアを開け、薄暗い階段を上ると、ハっとしました。
100人以上のお客を収容できる広さ、そして、フランス風の店内装飾・・・。
オーストラリアの首都キャンベラにいながら、パリのレストランにでも入ったような錯覚を起こしました。
「やっと落ち着けるところができたヨ」
店長さん(当時34歳)は、流ちょうな日本語で、しみじみ話し始めました。
ホーチミン市(旧サイゴン)近郊で生まれた店長さんは、地元の高校を卒業すると、日本の某大学に留学したそうです。
「戦争が終われば、経済復興の時代が来る。それまでに、日本を勉強しておいた方がいい」と勧められたためです。
ところが彼が大学4年の時、ベトナム戦争が終わりました。
南ベトナム政府は消滅し、パスポートは無効になったのです。
この日から、「ベトナム人でも日本人でもない生活」が始まりました。
国からの奨学金も、途絶えたそうです。
かろうじて、某市ロータリークラブからの奨学金で食いつなぎ、家庭教師やボウリング場のアルバイトをして、大学院を卒業しました。
就職も地元の酒造会社に決まりました。
もう、ベトナムに帰っても仕事がない・・・日本で永住権を取ろう、と思ったそうです。
しかし、日本に10年以上も住んでいたのに、法務省の壁は厚かったのです。
「このままでは、日本で子供ができても、国籍さえ取れない」。
思い悩んだ末に、オーストラリア行きを決意したそうです。
「国も広いし、人も少ないから、何とかなると思った」と、店長さんはちゃめっ気たっぷりに笑っていました。