日本の環境政策 3
80年代の日本の進路は、60年代「高度成長」路線と軌を一にする大企業の利潤本位の環境政策と経済運営を認めるのか。
それとも、遠くはない過去のきびしい国民的経験に学んで、環境と国土の改善優先、国民生活本位の経済発展の道を求めるのか¥・・。
この2つの方向をめぐって争われているといっても過言ではないでしょう。
70年代初頭の林業・山村は、「高度成長」末期、一極点にたっした資本の山村開発と、他方、公害反対運動の高揚の中で激しく燃え上がった自然破壊告発の世論・運動のはざ間にあって、"開発か環境か"をめぐって大きく揺れ動いていました。
実際、新全総から「日本列島改革」ブームにいたる諸過剰資本の山村への殺到と、ゴルフ場やスカイ・ライン開発など観光開発による自然破壊はすさまじいものがありました。
加えて国有林の大面積皆伐や林道開発、除草剤散布、造林・治山事業の立ち遅れなど、高度成長型森林開発は、掴立公園をはじめとする幾多の貴重な自然と森林の破壊、林地荒廃、さらには山地水害をもたらしました。
そして、そうした開発の嵐と激しい過疎化の波にほんろうされていた山村農民は、しばしば都市の"一木一草をも採ってはならぬ"とする絶対的自然保護論者から、当面の敵とみなされたのです。